2009年10月19日月曜日

古代の製鉄

先日、昭和50年(1975年)に出版された「古代の製鉄」という本を借りたのですが、この本の中で著者の山本博氏は、奈良県と大阪府の県境にある三室山を挟んで東と西にある龍田神社(奈良県)と大阪の竜田山(通称)を考察しているのです。
奈良県の龍田神社(大社)は、古来から農耕の神である風神「天御柱命」と「国御柱命」(参照)が祀られています。「古代の製鉄」の著者は、龍田神社の社伝の「風神は、もと西方の竜田山(大阪府側)の御座峰に 降臨し、のち崇神天皇の時代に現在地(奈良県側)に勧請した」という内容に疑問を投げかけています。
著者の山本博氏は、文献上の初見である日本書紀天武記の「天武四年四月、二人の勅使を派遣して風神を竜田の立野に祀らしむ」が本来で、竜田神社の社伝の崇神朝ではないとし、この第十代崇神朝と第三十九代天武朝との数百年の隔たりの間に重要な事実が隠されているとしているのです。このことは、私が「日本の歴史について」の中で書き続けているテーマでもあります。

2009年10月15日木曜日

藤井啓介氏の刀

兵庫県篠山市在住の刀剣作家
藤井啓介氏の脇差(平造り)を
見る機会を得ました
出来の良い刀は、見るだけで心が洗われます
こうして手に取ってじっくりと眺めていると
古来から、刀が鑑賞されてきたのが
よく理解できるのです

氏は27代兼元である
金子孫六刀匠に師事されていますが
この脇差は、その初代孫六兼元(室町時代後期)
を写したものだということです

刃文の匂い口(刃文の幅)は複雑で
見所が多く、金筋も所々に見られ
いつまで見ていても飽きません
これは名刀の条件を備えていると云えます

表・裏には梵字の種子が彫られています
本歌
(初代・兼元の作品)
は研ぎ減っていて
裏の字が判然としませんが
これは、おそらくこうであろうということで
彫られたものだと思われます

参考までに、これは手許にある
字典の一部ですが、これを参考にすると
表の字は
文殊菩薩、裏は多聞天
該当するようです

2009年10月2日金曜日

工房の守り神


工房の南の壁には

朱雀(すざく)が・・
これは、かなり古そうですが
木彫りに朱色の漆のようなものが塗られています
すばらしい木彫技術です




北の壁には玄武(げんぶ)を・・
と云っても、これは玄武ではありませんが
玄武は亀と蛇が合体したようなものですから
この魚を蛇に見立てて
(どちらにもウロコがあるし・・)




この右側の亀の彫刻と合せて
玄武ということにしておきましょう

この亀と波の木彫技術もすばらしい




そしてこちらは、東の壁の青龍(せいりゅう)




そしてこちらは
西の壁の白虎(びゃっこ)
これは刀の鍔(つば)ですが
虎の上に見えている雲と稲妻は
龍を表現しているもので
虎と合わせて、龍虎(りゅうこ)となっています
洒落ていると云えますが
手抜きと云えば手抜きですね
以上東西南北の守り神でした

2009年9月24日木曜日

ヒガンバナ 彼岸花 曼珠沙華 マンジュシャゲ

ここ丹波篠山は
ヒガンバナが満開です


これは去年撮影したものですが
ヒガンバナの脇をイシガメが散歩していたのです
こういった光景にはまずお目にかかれません


手前に植えられているのは
丹波篠山の代表的産物である黒豆(黒大豆)です
10月の中頃になると
枝豆として最適の時期になり
多くの観光客の手に提げられることになります

2009年9月11日金曜日

稲穂

ここ丹波篠山では
稲刈りの最盛期を迎えています
桑材を使った木工細工の名人
前田南斎(1880年~1958年)
が作った作品を
見せてもらいました
稲穂の象嵌(ぞうがん)
芝山宗明(1889年~没年不詳)
木工と象嵌のそれぞれの分野の
名人の合作であります
象嵌の稲穂は黄蝶貝
稲の葉にポツポツと
乗っているのは露で
これは白蝶貝と思われます
葉は緑色に染められた
鼈甲が使われている


50年以上経っているものと
思われますが
木に全く狂いが出ていないのには
驚かされます

こうした昔の名人たちの
仕事を見ると
喝を入れられたように
背筋がしゃんとするのです